罰として・・・はバツ!

みなさん、こんにちは!
教員育成と子育てナビゲーター、オフィスコンパスの天野です。

私が子どもの頃は「罰◯◯」という言葉がありました。
罰漢字、罰プリント、罰作文…

あ、念のため言っておきますが、私自身がいつも罰◯◯を受けてたわけじゃないですからね!
たまにはありましたが…^^;;;

 

罰として◯◯させるのは良いことのか?

私はこのことに対して、大いに疑問があります。
罰として漢字を書かせたり、宿題を増やしたり…
勉強しなかったことに対して、何らかのペナルティーを与える方法…
これって、NGじゃないですか?

漢字を書くことを「罰」にしてはダメでしょう。
宿題が増やすことを「罰」にしてはダメでしょう。

本来、勉強は自分のためにやるものなのに、罰として与えられる勉強だなんて…

そんな教育を続けるとどうなると思いますか?

「罰として漢字を書かされた」
・・
「漢字は罰」
・・
「漢字は嫌い」

これって、本末転倒ですよね。

「罰を受けたくない、怒られたくないから勉強をする」となってしまいます。

罰としてはバツ

 

怒られないために勉強をするんじゃない。
自分のために勉強をするんだよ?

「これができなかったら、罰として◯◯だからな!」

…と、罰を与えて子どもたちをビビらせるのは簡単です。

しかし、それはやってはいけないこと。
先生としての教育力不足を露呈しているようなものです。

「自分のために勉強が必要なんだよ。」

これを分からせてあげなくてはいけないのです。
教師という立場なのであれば、これができなくてはいけません。
それが教師の仕事ですから。

「新人の教師なので…」も言い訳にはなりません。
子どもや保護者には、新人だろうがベテランだろうが関係ありません。
先生は先生。
子どもたちの前に立った時点でプロの先生です。

プロ野球選手は、打てない・守れないとなったらクビですよね。
営業マンは、売ることができないとクビでしょう。
じゃぁ教師は?

罰やペナルティーを与えるのが教師の仕事ではありません。
大切なことを理解させるのが教師の仕事!!

 

学校だけでなく、家庭に於いても、
「罰として◯◯させる」ことが日常化しているなら、
是非、言い方を考え直していただきたいと思います。

 

 

オフィスコンパスの教員育成プログラムは、
教員の教育力と魅力を引き出すことが目的です。

スポーツの選手にプロのトレーナーがいるように、
オフィスコンパスは教員のトレーナーとなります。

先生たちの教育力と魅力がアップすることは
子どもたちや保護者の立場から考えても、心の底から望んでいることです。
教員育成に本気で取り組んでいる学校に子どもたちを入学させたいですよね!

 

育てるをもっと楽しく、ずっと楽しく。
オフィスコンパス

 

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